ジャンケンで決まったソフトテニスとの出会い

【写真:井出秀人】

「NARO」(ナロ) ・・・ もし "ソフトテニス辞典″ があったならば、すでに「ナ行」に入っているのではないか。そんなふうにも思えてしまうのが、ソフトテニス専門店「スポーツNARO」であり、「ナロさん」の愛称で親しまれている同社社長の皆呂充亮氏である。

ナロさんとソフトテニスとの出会いは中学1年のとき。仲良し4人組で同じ部活に入る約束をしたものの、予想どおり(笑)意見はまとまらず。そこでジャンケンを! 結果、テニス部希望のD君が勝ってようやく「軟式テニス部」入部が決まった。ひと昔前の新入部員といえば、なかなかボールを打たせてもらえない。さらに、試合に出るまでにも時間がかかった。だから、初めてボールが打てたとき、初勝利を挙げたときの喜びは飛び上がるほどうれしい。そんな経験をナロさんもしてきた。中学2年の秋の区の新人戦では、いきなり準優勝というスタートを切ったが、高校では都大会ベスト64…残念ながら、インターハイ出場の夢はかなわなかった。

中高ともに、名物監督がいるような強豪校というわけではなく、ナロさんが所属したチームは顧問の先生はいても、選手自身が試行錯誤して上達を目指さなければならないという環境だった。そして大学入学後、母校で高校生の指導をするようになる。弱小チームを、いかに強くしていくのか――四六時中考え、そして追求し続けた。今のナロさんの原点には、このような少年、青年時代の経験がベースにあるようだ。

大学卒業後は、学生時代から立ち寄っていた某テニス専門店に就職。大学時代は後輩の指導+そのテニス専門店でのアルバイトという生活だった。家族には会社勤めを希望されていたが、自分自身、「何をやりたいのか」見えず…。卒業2か月前に、そのショップに就職することを決めた。そして独立するまでの9年間、このショップで多くのことを見て、感じ、学ぶことになる。


「軟庭人の居心地のいい店」が原点

1980年代後半から90年代前半の約10年間、当時、ほとんどのショップでソフトテニス用具は硬式テニスの脇に置かれていた。ナロさんが勤めていたショップでも、1階のフロアが硬式テニスのラケット、3階の一角がソフトテニス用具という配置だった。

「ソフトテニスは肩身の狭い思いをしていました」(ナロさん)

東京・山手線沿線の各駅に硬式テニスの専門店はあっても、ソフトテニスの店はなかった。だが、考えてみればソフトテニスの専門店がない=ライバルがいない。それは、もしかして「ビジネスチャンスなのか」。ナロさんは、片っ端から相談した。10人相談して9人が、「なんでソフトテニス?」「そんなに商売は甘くない」と反対した。その中で1人だけ「やってみたらいい」と。

「この言葉を待っていたのかもしれません」(ナロさん)

自身では勝算があると信じていた。この決断が、1986年、ソフトテニス界初の専門店誕生へとつながっていった。

ショップをつくるにあたって一番の思いは、「軟庭人の居心地のいい店」にすること。オープンすると、近郊の愛好者、そしてときには遠方から「naro」に足を運んでくれる人々も。とにもかくにも立ち寄る人々にとって、夢にまでみたソフトテニス専門店だった。それまでは、スポーツショップで自分がほしい用具が置いてあるのかもわからない。軟式テニス愛好者はそんな不安を抱いていたはずだ。それが、「naro」に行けば軟式テニスの用具はすべてそろう! 「naro」の存在が、ソフトテニスをするにあたっての "必要不可欠なライフライン" ともいえた。

私事になるが、筆者も学生時代、「ガット切れたから『naro』で張ってもらってくる」と言ってはよく通っていた。いつでもそこには、ソフトテニスを通じてつながった仲間がいる。そんなふうに「行きつけ」ができたことが、うれしくてたまらなかった。

こんなエピソードもある。『ソフトテニス・オンライン』の生みの親・F氏が高校生のとき、決して強豪校というわけではなかったが、「関東大会に出場できることになった」とナロさんに報告しに行ったという。そのとき、「ナロさんがすごく喜んでくれたことが忘れられない」とF氏。その後、ナロさんの息子がF氏の母校の後輩となり、F氏はソフトテニス・オンラインを立ち上げる。どんどんソフトテニスの縁がつながっていく――。「naro」でのうれしい思い出、これもF氏のソフトテニス愛の原動力の一端であるように思えてしかたがない。


"『NARO』は無二の存在なり"

すでに「スポーツnaro」は創業30周年を迎えた。現在、店頭販売、ネット通販、近郊だけではなく全国各地での講習会、そして国際大会観戦ツアー…とソフトテニス愛好者をハード面でも、ソフト面でもサポートをし続けている。

ちなみに、ラケットの種類が豊富な今、その中から自分に合ったラケットを使用している人がどれだけいるだろうか。「トップ選手が使っているから」「好きな色だから」「人と重ならないのがいい」……人それぞれの好みや要望がある。ただ、ソフトテニスを長く続けてもらうためにも、"自分にしっくりくる一本″と出合ってほしい。

だから、「naro」では、たくさんのもののなかから一人ひとりに合ったベストな1本を選べるように、ラケット、ガットの種類、テンション…とこだわりを持って的確な情報を提供している。

「我々の目利きで、その人に合ったものを選んでさしあげたいのです」(ナロさん)

用具選びのエキスパートとしての役割だけではなく、もっともユーザーに近い立場からラケットやグッズ、小物などのグッズ全般にわたって企画をし、それを製作している国内外の工場にも赴いてメーカーなどに多くの情報を提供。いまやユーザーとメーカーをつなぐ使命も担っているのだ。

「軟庭人の居心地のいい店」は、これまでもこれからも変わらない。テニス人にとっての格言でもある「この一球は無二の一球なり」。まさに、「naro」は無二の存在なり。ソフトテニス界初の専門店として、挑戦を続け、開拓し続けている。

ソフトテニスが好きなだけでは仕事はできない。人がプレーをしているときにガットを張るなど働かなければならないから。だから、naroのスタッフになるための一番の条件は「人が好きであること」(ナロさん)なのだ。そんなあったかい「心」でソフトテニス愛好者を迎えてくれる彼らは、「naro」だからできることを追求し、その道を邁進していく――。

【文:スポーツライター 八木陽子(早稲田大学軟式庭球部出身)】